盛岡市上田一里塚 5年目にして初の剪定

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2010.09.23(木・祝)

  盛岡市上田一里塚の松 5年目にして初の剪定 

植樹してから5年。一里塚の松は それなりに大きくなりました。
しかし、この間いろいろなアクシデントで、それぞれの成長も様々です。

そこで、今後の維持管理のため、樹木医の診断を仰ぎ、(その様子はこちら
結果を踏まえて、枝抜きが行われる事になりました。




緑が丘4丁目の佐々木さん、小國さんのご協力を得て、
枝抜きの話をする盛岡市の室野氏。

予定の時刻に行ってみると作業はもう始まっていて、あらら!??




樹木医の診断に伴う維持管理する商工業会の考えと、ボランティアで剪定して下さる方々との間には大幅な意見の相違があり、一部は庭木のようになってしまいましたが、
残る松の樹姿はそのままに とお願い。




この作業、経緯をを知らないまま行われる事になりましたが、
私に重大な責任があると痛感します。今まで係わらなかった地域の組織へ声を掛けたのが原因。

充分な意思疎通が無いまま、それぞれが「良かれ」と思って判断し、それぞれが自身の考えで動いてしまった結果です。

北東の松が中心枝を無くし、側枝が中央の松寄りに大きく成長、
切るのは簡単!小さなノコギリか、植木ハサミがあれば誰でも出来る。だが 一応史跡指定の物。
植えて5年目だし、ここらで公的な判断を!と考えて樹木医の診断を依頼。 それを踏まえて、その北東の余計な枝をどうするかを盛岡市から岩手県に判断を仰ぐ。
その答を待って、我々は動く。


ここまでは地域の組織も理解していたはず。
だが、考えが甘かった、人と人へ伝えていけば、内容はどんどん変わる。(そんなゲームありましたよね)
最終的に、事情を知らない「現場」の判断で事が運ばれ、地域組織の責任者の方々はその場に誰も来ず。
地域のシンボルです。この地域の中心的イベント「一里塚まつり」でも協力している外部団体へ、植えた松の事を知って頂きたい。
その想いが、結果的にマイナスになりました。
大いに反省しています、判断を間違えました。今まで通り商工業会で管理していけば良かったのです。

これから5年後、10年後の様子を見守りたいと思います。